わたしの姫君

「ルシアさんは今日こちらにお泊りですか?」

 商店の並ぶ通りに差しかかった頃、数歩先を歩くフェルーラが振り返り訊いた。

 日差し除けの傘の下、石畳の道の上に布を広げ、籠いっぱいに詰まった見たこともない果物に視線を移しながら、ルシアは口を開いた。

「久しぶりにちゃんとした宿で寝たい気持ちはあるんだけどねー。とりあえず酒場で仕事を見つけてから宿のことは決めようかな」

 話しながら、ルシアの気はすでに町の様子に向かっていた。

 ちょうど目の前を取りかかった少年が、薄焼きのパンを頭の上に両手を広げたくらいの大きさの皿に乗せ売り歩いていたから、よけいに気が散漫になる。

 後のフェルーラの話では、一枚ずつ窯で焼き、生地を形成したあと地方によって違う模様を描くのだとか。少年が売っているのは花を描いたパンで、こんがり焼けたパンの表面には香辛料がたっぷりまぶしてある。食欲をそそる匂いに、ルシアの空腹を刺激した。ついでに、パンと一緒に飲み物なんかもあれば、大満足。

「そうですか。なら大丈夫かと思いますが、旧市街に泊まるときは護衛を雇ったほうがいいかもしれません」

 妄想に浸っていたルシアを現実に戻したのは、珍しく緊張感のあるフェルーラの声だった。

「護衛? そんなに治安の悪そうな町には見えないけど」
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