アパートに帰ろう
「おいガキ、謝ってすむと思、……ウガッ!」


それは僕がナイフを構えたのとほぼ同時だった。

彼女は瞬間的に男の懐に潜り込み、一撃で吹き飛ばしたのだ。

華麗な身のこなし、あれはとっさに出来るものじゃない。


長い年月訓練した、才能のある者だけができる動きだ。



彼女は何者なのだろうか。


肩までの赤い髪にグリーンの目。白い肌の頬にはうっすらとそばかすが浮いていて……。

容姿は整っていても、どこにでもいる少女だった。



"宛はないんです"


ぼろぼろの黒いマントを羽織って、雨に濡れた彼女の眼は遠くを見ていた。



知っている。

あれは、どこにも居場所がない。支えがない者がする眼だ。



しかし彼女の瞳の奥底には、凄まじい生きることへの執着が見えた。


"死んでたまるか"


彼女が男を殴り飛ばさなくても、僕がナイフを振るって男をやっただろうから、助けられたわけではない。


でも、このビルへの地図を書いたメモだけではなく、傘さえ渡してきてしまった。


土砂降りの雨の中、濡れて帰ったが、不思議と後悔はない。



「彼女が欲しいな」



きっと来る。



「悪いが、タオルと温かい食事を用意してくれないか」

「……?」

「客人が来る」

「す、すぐに用意致します」



ブラインドの外を覗くと、僕の傘がこちらに向かって歩いてきていた。


お礼だなんて言ったけど、君の心の強さと身体能力が、僕は欲しいんだ。



……新しい仲間になってくれるといいな。


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