Quiet man
「なあ・・帰り道、違わへん?」

「いいや?」

「・・そお? あーっ・・。」



神足が肩を揺らして笑ってる。


どおりでさっきコソコソと

タクシーの運転手に何かメモ

書きを渡してると思ったら。


前に見に来てた、新しい方の

マンションへ移ったんや・・。



「え・・、前の部屋と違う?」

「そう、光の入り具合が・・」



田舎者のあたしが最初驚いた

のは"虹彩認証システム"だ。

鍵を使わなくても鏡を見るだけ

で1.5秒で開錠されるってやつ。

SFの世界だけかと思ってたから。


「えー・・!」


マンション8階のその部屋は

前にあたしが望んでいた、

玄関から割と直ぐドーンと

リビングダイニングのある部屋。


そこを通らんと、他の部屋に

入られへんって云うあの間取り。



「このタイプ、空きが出たって

聞いてさ、残念がってたろ?」


「ちょっと待って・・!?」



振り向いて彼の顔を見つめた。



「ほんまに・・無謀な人やなあ。」

「そう云われると・・照れる。」

「いや、ソコ褒めてへんからね。」



あたしが帰って来なかったら、

この高い買い物をどうする

つもりだったんだろう?

呆れてるのに・・笑い合った。



「・・あ。そか、新しい女

作りゃイイだけか・・・。」


「フフ、早速始まった。」


「あのソファ・・どうしたん?」



エア・リビングと呼ばれる

バルコニーを開け放ち、

煙草を吸出だした。

彼の、その手の仕草は

"今はこっちに来るな"・・だ。



「悩んだよ、誤解とは云え嫌だ

ろうと思って俺も思いきった。」



・・・その方がいい、清々する。

で・・、

あたし実はちょっと、ジ・・ン

と来てて、神足さんに近づいた。

彼はあたしに気遣い、慌てて

手の煙草を消して抱き締めた。

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