万年樹の旅人
正午を告げる鐘が鳴り、しばらくすると人が湧いたよう正門から出てきた。城で働く人間には、鐘が鳴ってから一時間、休憩が許されている。その間、街へと足を運ぶ者も少なくはない。
ジェスが所属する騎士団の面々も、城内の警備に就いている者以外は、街へ行く者がほとんどだ。一日の中で唯一自由になる時間。たった一時間ではあるが、やはり開放されたい、という気持ちが強いのだろう。鐘が鳴り響くと、重量感のある音とは裏腹に、屯所の中に流れていた空気が途端に煌々と輝くのが誰の目にもわかる。
「ジェス!」
城門から流れる人の波に逆らって歩くジェスとリュウの耳に、鮮やかな呼び声が聞こえてきた。
人波を掻き分け、ドレスの裾を持ち上げながら駆け寄ってくる女性――ルーンの頭に飾られていた花の髪留めが風に巻き上げられ飛ばされる。唐突の風に驚いたふうに声をあげ、飛んでいく髪留めをぽかんと見上げた。しばらくして、さも気にていないといった様子で、再び駆けてくるルーンの足は、驚いたことに素足だった。
ルーンが門前を駆けていくたび、通り過ぎる人々がぎょっとしてルーンを振り返る。そうして、彼女が向かう先にジェスがいることを知り、みな顔を見合わせなんともいえない表情になった。
すっかり硬直してしまったジェスの腕から、リュウはずっしりとした紙袋を奪い取る。手すきになったジェスが、ようやく我を取り戻しリュウを見た。その顔には困惑の色が刷けられていた。
「先に行ってるな」
「ちょっと、待て……!」
咄嗟にリュウの裾を掴むと、すでに歩き出そうとしていたリュウの足が止まる。両手を塞がれているリュウは、視線だけでジェスを振り返り、いつものように笑った。
「あとから話、聞かせてくれよ」
頷くことも、首を横に振ることもできず、ただ掴んでいた手を離した。やがて、うん、とリュウが笑顔のまま頷き、じゃあな、と告げると今度こそ本当にジェスからゆっくりと離れていった。抱えた荷物のせいで、思うように前が見えずふらふらとした足取りで去っていくリュウの後ろ姿を見ながら、ジェスは彼の言葉を思い出していた。