万年樹の旅人
――噂になってるぞ、と彼は言った。
自覚はあった。容姿のことで陰口を言われることは、随分と抵抗がなくなった。だがその言葉の中に時おり「王女」という言葉が交じっていることに気がついたのは、近頃の話ではない。それを知ったとき、自分が初めて陰口を言われたときの厭な気分を思い出した。
自分から会いに行ったことはない。姿を見かけて、自分から声をかけたのも、あの庭園で泣いていたとき、たった一度だけだ。悪いことをしている自覚は全くない。だが、なぜか罪悪感はあった。本来なら話すことさえできないほど、身分が違うせいなのか。それとも婚約者がいる女性と、噂になるほど親密になっていることに罪悪感を覚えているのか、それは自分でもよく理解できていない感情だった。
リュウと同じように、彼女もまたジェスの容姿に拘りはないように思える。ふと、突然思い出したように、ジェスの容姿に触れることもあった。だがそれは周りがジェスに注ぐ視線とは違い、単なる興味からくるものだとわかるからこそ、ルーンの屈託のない笑顔を見るたび、罪悪感を抱きながら接している自分に嫌気がさした。ルーンは何ひとつ悪いことなどないのに、避けようとしている自分がいるのだ。
リュウとすれ違いざま、ぺこりと大きく頭を下げたルーンに、リュウ本人も目を丸くして驚いた。思わず立ち止まり、ルーンを振り返ると、すでに走り去ったあと、彼女の微かな残り香だけが落ちていた。
ルーンの向こう、いまだ困惑顔のまま立ち尽くしているジェスとリュウの視線がぶつかり合う。お互い言葉を交わせるほどの距離ではなかったが、リュウの目が、口元が綻んだような気がした。
――頑張れ。
そう、言っているような気がして、ジェスも答えるように表情を和らげた。