万年樹の旅人

「私は小さい頃は病弱でね、よく絵本を読んでいて、他の子供より夢みがちだったの。空を飛べる、お菓子の国は本当にあるって信じていたの。よく笑われたわ」

 ユナは口を開きかけ、やめた。何かを伝えたい、そう思ったがあてはまる言葉が思い浮かばなかった。

「でもね、ラムザさんは笑わなかったの。――月のお話も、その頃に聞かせてもらったのよ」

 ユナと目が合った女教師は微笑って、続ける。

「だからユナ君の絵はとても好きだわ。懐かしい感じがする。誰がなんと言おうと、この絵を完成させて欲しいの。教師としてではなく個人的にお願いするわ

 ユナは俯き、はいと小さく頷いた。顔を上げてしまえば、先生の穏やかな表情を見てしまえば、たぶん泣いてしまう。この先ずっと誰も自分の話など信じる者はいないとばかり思っていた。――いや、信じなくても別に構わないと思う。ユナ自信が信じていればそれでいいのだから。だけど、否定されるのは悲しい。笑われるのは、悔しい。

 それだけならまだしも、加えて実の両親が、どこの誰なのかわからないことまでもを愚弄されるのは、本当に消えてしまいたくなる。何か言えば否定され、違うおかしいと笑われ、更にその上捨て子だと言われれば、ならば自分は何のために存在しているのだろう、と疑問に思い鬱屈とならないほうがおかしい。

 けれど、目の前の先生は、理解ってくれている。なぜだかそう思った。たったひとつ共通のことが見つかった、それだけなのに。広い真っ暗闇の随道で、仄かな明かりを見つけたときの希望のようだった。

 そんなユナの耳に、でもね、と言葉が続けられて、女教師を仰ぐ。
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