万年樹の旅人

 まだルーンが幼い頃に見たアズは優しかった。よく晴れた日には、警護の者の目を盗んで城から離れた野原で二人寝転んで青い空を見上げた。庭園に忍び込んでくる猫が突然姿を消した日には、寂しさのあまり泣きじゃくるルーンの隣で、いつまでも楽しい夢物語を聞かせてくれた。歌を歌ってくれた日だってあった。母が太陽なら、兄は月の光のように静かな暖かさだ。暗い夜道に、そっと道筋を照らしてくれる仄かな明かり。日が昇っているときには気付かないけれど、確かに必要な優しい光。

 けれど、そんな優しかった頃のアズをもなかったものにしてしまうほど、今のルーンは怒りに身を任せてしまっていた。

「君まで魂を取られてしまうよ」

 小声で囁くように言ったアズを、ルーンは跳ねるようにして顔を上げて見た。

「……あなた、まさか能力を使ったの!?」

 頷くことも、首を横に振ることもなく、アズはただ静かにルーンを見た。その表情にはうっすらと笑みは浮かんでいるものの、人間らしい感情はどこかに置いてきたかのような、薄っぺらなものだった。

 アズの笑みを見た瞬間、ルーンの背中にぞわりと何かが這った。

 禁忌とされる王族の能力。国王となる者だけにその力の使い方は伝授される。もちろんアズも使い方を知っているのだろう。それを躊躇いもなく、ジェスに使ったのだ。ただ邪魔だというだけで。彼にだって家族や友人はいる。もしジェスが死んで、その家族がどう感じるか、自分だったら身内がこのように誰かの手によって亡き者にされたと知ったら、どのように感じるのか。少しでも考えての行動だろうか。それとも、もしルーンや、父や母が同じ状況だったとしても、それは仕方のなかったことだ、と諦めきれる程度のものなのだろうか。そう思ったら、恐ろしさと同時に、胸の奥で何かが燻った。

 ふと、視線をジェスに戻したときだった。
< 63 / 96 >

この作品をシェア

pagetop