万年樹の旅人
異様な光景に、ルーンはぎょっと目を見開いた。
ジェスの心臓から細い糸が出ており、その先に、人の頭ほどの大きさもある楕円形の半透明の物体が糸に繋がれてふよふよ浮いていた。球体は必死にジェスの体から離れようともがいているが、繋がった糸がそれを阻止している形で、それでも空へと向かおうとする球体の力に耐え切れず、糸がぷつりぷつりと、何本もちぎれてすうっと溶けるように消えていった。
横たわるジェスの傍らで、一向に動く気配のないリュウも、ばたばたと慌しく走り回るひとたちも、誰一人としてジェスの体から浮かび上がる不思議な物体に気をとめる者はいなかった。
見えていないのだ。そう知ったとき、ルーンの鼓動が速くなった。
「君にもやはり見えるのだね。……王族ならば当たり前か」
「何をしたの」
ルーンの目に宿った雷鳴よりも激しい怒りを見て、アズは鼻で笑った。
「本来人の死後、魂というのは次に宿る肉体を見つけるまでは離れないものだ。だが見てごらん。糸が見えるかい? あれはね、肉体のない空間へと逃げようとしている魂を引きとめようとしている糸なんだよ」
視線をジェスに戻して、ルーンは青ざめた。
数え切れないほどたくさんの糸に繋がれていた物体は、ジェスの体から必死に離れようとしているのか、その勢いが先ほどよりも随分と増していた。それを繋ぎとめている糸も、つぎつぎとちぎられていく。すでに数えられるほどとなった少ない糸に向かって、ルーンは必死で手を伸ばした。だが、触れたと思った瞬間、霧でも掴んだかのように、するりとその手のひらから逃げてしまった。
「体から完全に魂が離れたとき、やつの魂は永遠と空間をさまよい続けるだろう」
「……どうしてそこまでするの。ジェスが邪魔なら、騎士団の称号を剥奪するなり、国外へ追放するなり、もっと他にもあったじゃない! なぜ殺して、しかもその上……!」
「君が、やつと共に王族という地位を捨てて逃げることも考えられるだろう? それでは困るんだよ。たった一人の妃候補だというのに」
怒りと悲しみで、ルーンの唇が震えた。
「何を言っているの……ジェスはわたしのことなんか、なんとも思っていなかったわ! 女としてわたしを見ていなかったのよ!」