さらば、ヒャッハー
息が詰まるほどの美しさは余韻に浸りたいものでも、渉にして見れば、藤馬がした“でたらめさ”の方が気になった。
神様がいるべき常世――幽霊が住むなどとも謳われているが、神域であり、いわゆる天国と同一視される場所に野槌を送ったのは藤馬の口振りからして分かった。
決定的なのは、あの祝詞。送神の儀で用いられる言葉はやはり野槌をこの現世から手放したと確信したのだが、肝心のでたらめさとはその祝詞のことだった。
渉はオカルトに詳しくも、神様ジャンルには深くまで手を伸ばしていないから、渉の気にかかりも思い過ごしと思えようども、まあ、ともかく、渉の知識が正しければ、本当に適当(でたらめ)だった。