さらば、ヒャッハー
藤馬の心が揺さぶられたのは、扇伝いに渉にまで届いた。
何で動揺したかなど分かりやすい。どんな言葉にも歯を見せ笑う藤馬にも、とある単語関連にはこうしてやっと、人間らしい一面を出せるのだ。
「いい旦那さま、とはあなたの自称ですが。自称となるからには、それは“そうあるべき姿”、目標だ。だったら、いい旦那の姿とはどうやって計るか、判断するか、判別するか。自称ならばあなた個人の主観、けれども、“あなたの自称”はあなたの為にあるわけじゃない。
あなたはそう見られたいのでしょう?僕でもいい、もしくはそこのお二人でもいい。何よりも、あなたの奥さまに『良くできた旦那さまだ』と惚れさせたいなら、こんな心の狭さを露呈するような余興に舌鼓を打ってないで、その舌で“いい旦那さまとやらを語ってください”よ」