さらば、ヒャッハー
「いるかいないか、そのどちらかを決定づけるのが人間にしてもだ、想定の中では半々。確率的には50パーの話。
だけどな、いると思えばいんだよ。てめえの頭の中なら、確実にいるぞ」
シュレーディンガーの猫を思い出す。
人間の思考では箱に入った猫の生死を決定づけるにしても、本来ならば猫は、“生きてもいなければ死んでもいない”というなんとも、現実味が湧かない話をしなければならない。しかし結局のところ、現実的でなければ、シュレーディンガーの猫はその“半生半死状態”であるとも想定されてもおかしくはなかった。
どちらになるか分からない、と思うのが人間にして、あり得ないことがあり得ないと思えるのが脳内である。
今回の場合は、いないと決定づけたいのに、藤馬にいるかもしれないという確率を出されてしまった。脳内でシュレーディンガーの猫らしく“どちらでもある”と想定した段階で、藤馬の思うがまま。
現実的な結果を出したがる人間の心理を、好きな方に転ばせることができた。