美味しい時間

何も言わず食べ始めた寺澤を見て、自分も運ばれてきた食事にに手を付けた。
しばらくすると、俯きがちに食べていた寺澤が顔を上げた。

「実家に帰るのは、東堂課長のせい?」

唐突な言い方に一瞬戸惑う。でも、ちゃんと向き直ってその問いに答えた。

「課長のせいではないけど、やっぱり上司って言うのはやりにくい」

「理由はそれだけ?」

そう言うと、また俯いてしまった。

…………理由はそれだけ?…………

もちろん違う。
倉橋さんとお見合いをして、きっと結婚するんだろう。
もしかしたら大阪に行く課長についていくため、すぐに籍を入れたりするかも
しれない。
そうなったら、きっと倉橋さんは私に誇らしげな顔をするはずだ。そんな顔を
見るのは耐えられない。

まだ課長のことが、好きで好きでたまらない。
なのに、自分から別れを切り出し後悔していることを、寺澤には気づかれたく
なかった。
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