美味しい時間

また2人に静けさが訪れる。
何となく気まずい雰囲気で食べていると、私の方を見ることなく、寺澤が口を
開いた。

「本当に会社辞めて、実家に帰るの?」

「うん……」

辞表も出してしまった以上、それを今更変えるつもりはなかった。
寺澤がゆっくりと顔を上げる。
あまりにも真剣な顔に、息を呑んでしまった。

「俺、藤野のこと、好きでいてもいいのか?」

寺澤のその切ない言葉に、胸がズキンと痛む。
交わっていた目線を、無意識に外してしまった。

寺澤とは入社以来、いろいろな所で助けてもらった。同期のメンバーと、
なかなか打ち解けらない私を、彼が自然な形で仲間に受け入れてくれた。
会社のイベント等の時も、必ず声をかけてくれて、私の居場所を与えて
くれていた。
だからというわけではないけれど、彼のことが好きかと聞かれれば、たぶん
好きだと思う。でもそれは、恋愛の対象ではなく、同僚、友人としての好き
だ。きっとこの先、その気持ちが変わることはないだろう。

自分の気持をきちんと伝えなくてはと意を決し寺澤の顔を見直すと、私が
何を言い出すか分かってしまったのか、彼は苦笑してから軽く溜息をついた。
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