美味しい時間
その声に導かれるように、閉じていた目をゆっくりと開く。
課長と視線がぶつかって、心臓がトクンと音をたてた。
心の中に出た答えを言っていいものかどうか……。
言ったあとの課長の反応が分からなくて、不安から視線を下げてしまった。
「百花。何か言いたいことがあるんだろ?」
「う、うん……」
「言う前から不安そうな顔するな。俺のこと、信用してないとか?」
「そんなことっ……」
「だったら言ってみろよ」
慈愛に満ちた顔と言葉に、不安がふっと消えた。
深呼吸をして気持ちを整えると、顔をぱっと上げた。
「私、課長と結婚したい」
「うん」
「だけど……今はまだ、一緒に大阪には行けない」
課長の眉が、ぴくっと動く。
「理由は?」
あれ? 会社での課長モードに大変身?
「り、理由はですね……」
私まで会社モードになってしまう。
「課長と倉橋さんの話が出て、会社で二人の姿を見たくなくて退職を決めた
時、本当はまだ会社を辞めたくなかった自分がいたのを思い出して……」
「……」
「入社してせっかく希望の課に配属になったのに、まだひとりで仕事をこなす
ことができなくて、課長や主任、美和先輩に助けられてばかりで……。いつ
までもこのままじゃダメだって……。だからもっとスキルアップして、ひと
つの仕事を最初から任されるようになりたい、皆さんにもっと仕事を教えて
もらって早く一人前になりたいと……」
何も言ってくれない課長に、また不安が甦ってきた。言葉が続かなくなる。
こんな理由じゃ、納得してもらえないのかなぁ……。
プロポーズもなかったことにされちゃったりして……。
情けないことに、また涙が溜まってきてしまった。それを見られまいと手で
顔を隠そうとして、その手を取られる。