美味しい時間

「いつまでブスッとした顔してるつもり?」

赤信号で止まると、課長が顔を覗き込む。それを無視すると、髪を乱暴に撫で
られた。


『別々に会社に行くっ!!』

私の必死の願いも軽くあしらわれ、只今課長の車で会社に向かっている最中。

昨日の今日だよっ! 
みんなの前で修羅場を繰り広げた挙句、お姫様抱っこされてフロアを後にした
んだよっ!!
なのに、今日一緒に出社なんてしたら、何言われるか分かったもんじゃないっ。
何せ課長は、ファンまでいる人気者なんだから……。

「そんなに俺と会社行くのが嫌?」

「嫌とかそういうことじゃなくて……」

「まぁ百花の考えてることは何となく分かるけど」

「だったら……」

「お前のことは俺が守るから。だから全部俺に任せとけ。なっ?」

お、お、俺が守るぅぅぅぅ~!?
ドラマやマンガでしか聞いたことのないセリフだよぉ。
それに、“なっ?”なんて、軽くなんかウインクしちゃって。
嬉しいけど、ちょっと笑えるかも。
吹き出して笑いそうになるのを手で押さえると、ハンドルを握っていた左手が
すっと伸びてきた。そのまま右頬をつままれる。

「痛いーっ!!」

「何笑ってんの?」

「だ、だって、俺が守るって……ふふっ」

思い出したら、また笑えてきたっ。
面白いと言うか、照れくさくて笑っちゃう感じ。
そんな私を見て、課長はちょっと呆れ顔?
つまんでいた指を離すと、拗ねたように顔を窓の外に向けた。

「だったら守らない」

「もう……。照れ隠しで笑っちゃっただけなのに……。ごめんね?」

怒っちゃったのかなぁ。
何も返事をしてくれない課長に、不安が胸をよぎる。
何か言わなくちゃと考えていると、課長がいきなり振り向いた。
その顔はニヤリと笑い、目からは何か悪さをしてやろうと目論んでいるような
光が見えた。
わわっ。これってヤバい状態だよね?
そっと目線を外すと、ガッチリと右手を握られた。

「笑ったこと後悔させてやる」

笑いながら言ってるけど、言ってる言葉は恐ろしいっ!!
会社に行くのが、増々怖くなってきたぁ。
百花、絶体絶命の大ピンチ!!!

やっぱり、別々に会社に行けばよかったよぉ……。



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