美味しい時間

こんな日に限って、会社へあっという間に到着してしまう。
社屋まで歩いて2分ほどの場所の指定駐車場に車を停めると、大急ぎで外に飛び
出した。

「課長、お先に失礼します」

顔も見ずにそう叫ぶと、足早に駐車場を出て行こうとした。しかし課長の大きな
声に呼び止められる。

「百花っ!」

命令とも聞こえる口調に足が止まってしまった。
それに名前を呼ぶなんて……。
駐車場の前の道は最寄り駅からのメイン通りで、社の人間が行き来する。
誰かに見られでもしたら……。
キョロキョロと辺りを見渡すと、ちょうど美和先輩が出社して来るのが見えた。
やったっ!! 
心の中でピースサインを決めると、美和先輩を呼び止めた。

「美和先輩、おはようございまーす」

私の声に気づいた先輩が、大きく手を振った。
これで美和先輩と会社に向かえば、課長もむやみに手は出せないだろうと振り
向いた。

「わあっ」

美和先輩に気を取られていて、課長が真後ろに立っていることに全く気づかな
かった。
あまりの驚きに、大声を出してしまう。

「何驚いてんだよ。おっ、若月か。おはよう」

「東堂課長、おはようございます。百花と一緒にご出勤ですか。朝からラブラブ
 ですね」

「み、美和先輩っ!」

「みんなには昨日バレたし、もう隠す必要もなくなったからな」

そう言って、当たり前のように肩を抱いた。
あは……あははははは……はぁ……。
ガクンっとうなだれ肩を落とすと、美和先輩が笑い出した。

「百花、諦めなよ。今日のあんたは、フロアの注目の的になること間違いないん
 だから。でも課長が守ってくれるんでしょ?」

えっ? なんで車の中での出来事を、美和先輩が知ってるの? もしかして、先
輩ってエスパー!?
呆然として立ち尽くしていると、肩を強く抱き寄せられた。

「さすが若月、分かってるなぁ。それに比べて百花は……」

ちらっとこっちを見た課長の顔は、悪魔のような笑顔を湛えていた。
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