美味しい時間
「ったく……。歳くってるわりに、力は強いんだよな」
「歳くってるって……」
「で、何? まだここ痛いんだ」
私の方を向くと、頬を包み込んだ。その仕草があまりにも優しくて、甘えるよう
に目を閉じその温もりに浸っていると……。
美和先輩の押し殺したような笑い声で、現実に引き戻された。
パッと目を開くと、肩を震わせて笑っている先輩と、いつの間にか悪魔のような
笑顔に戻っている課長がいた。
しまったっ! ここ、会社の真ん前だったっ!!
こんな場所で目を閉じてうっとりしちゃうなんて……。
恥ずかしすぎるじゃないっ!!!
大慌てで課長との距離をとると、二人を睨みつけた。
「二人して笑うことないじゃないっ!!」
頭にくるやら恥ずかしいやら……。
二人を残したまま早足に会社へ入ると、受付の女の子達と目が合った。いつも
通りニコッと笑顔で挨拶をすると、丁寧に挨拶を返してくれる。けどすぐに、
私のことをチラチラ見ながら二人でコソコソ話し始めた。
や、やっぱり会社中に昨日のことがバレてる?
フロアに行く気力がなかなか湧かずとぼとぼと歩いていると、美和先輩に肩を
掴まれた。
「百花ごめん」
「いいですよ。怒ってるわけじゃないし……」
「今日は私も、全力で百花を守るからさっ」
「ははっ。よろしくお願いします」
「まぁ、そんな必要ないかもだけどさぁ~」
そう言って後ろを振り返った。私もつられて振り返る。
「堂々としてればいいだろ」
すっかり会社モードの課長がそこにいる。
あまりにも普通すぎて、ひとり深刻な顔をしてるのがバカバカしくなってきた。
5段下にいる課長の元まで駆け下りると、両手で頬を挟み込みチュッとキスを
する。
私の突然の行動に、身動きひとつしない課長。
ちょっと面白くなっちゃったっ!
ついでに耳元に唇を寄せる。
「慶太郎さん、守ってね」
耳朶を甘噛すると急いで階段を駆け上がり、美和先輩にしがみついた。
「先に行ってますねぇ~」
美和先輩を引っ張るように2階へと急ぐ。そこから下を覗くと、立ち止まって
いる課長と視線がぶつかった。
「お、お前なぁ~っ!!!」
我に返った課長が、顔を真っ赤にして階段を上がってくる。
初めて課長に勝った気がして、心の中で大きくガッツポーズを決めた。