美味しい時間
恨めしい顔でその姿を見ていると、私に気づいた課長が顔を上げた。
すっと目を細めると、怪しい光を放つ。
あの目……また何かを企んでるよ、きっと。
さすがの私も、危険察知能力が日々上がってきているみたい。
いつもなら課長の目の前を通り過ぎて、自分のデスクに向かうところを、今日は
手前から遠回りしていった。
課長の面白くなさそうな顔が目に入る。
こんなこと一時しのぎにしかならない。きっとまた何かを仕掛けてくるに違いな
いけど、ここはちょっと一休みさせてもらいたい。
美和先輩から離れると、そそくさとデスクに向かった。
椅子に腰掛けホッと一息つく。
でも、まだこれで終わったわけじゃないんだよね……。カバンを引き出しにしま
っていると、同じ部署の人たちが一人二人と集まってきた。
そしてみんなを代表してか、主任が口を開く。
「藤野さん、いつの間に課長とそういう仲になってたのよ?」
「そういう仲って……」
「辞表を提出したのも、課長絡みだったのかしら?」
「そ、そんな感じです。でもあれ撤回でお願いしますっ」
すくっと立ち上がると、主任が意味ありげにニヤッと笑う。
「撤回も何も、あなたの辞表を課長に渡した時点で、破り捨てられてるわよ」
「破り……」
そうだったんだ。驚きに目が点になり、呆然と椅子に腰を下ろす。
「課長はこれっぽっちも辞めさす気がなかったってことね。ほんと、憎らしいく
らい愛されてるんだから」
憎らしいとは言っていても、その顔はとても優しい。気恥ずかしくなってきて、
顔に熱を帯びてくる。
そんな私を見てか、周りも一斉にどよめき立った。
「ねっ、東堂課長?」
何でここで課長かなぁ。課長はデスクに向かって仕事をしてるはず……。
「愛してることは間違いないな」
いきなり耳元に声が響く。
「わぁぁっ!!」
すぐさま振り向くと、会社では見せたことのないような笑顔で立っている課長が
いた。