美味しい時間
穏やかで暖かい春風が吹く午後、新幹線のホームで2人肩を並べて立っている。
風で乱れた髪を直そうと左手を上げると、太陽の陽を浴びて薬指が光った。
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昨日は、午前中に引越し業者が荷物を運び出し部屋を明け渡すと、街へと連れて
行かれた。「どこへ行くの?」 の質問にも答えてもらえず、ただニコニコと笑
っているだけ。怪しいその態度を訝しげに見つめながら、手を引かれ歩いている
と、有名なジュエリーショップの前で足を止めた。
一瞬チラッと私の顔を見ると、やはり何も言わずに店の中へと入っていく。わけ
が分からず引っ張られるように店に足を踏み入れると、綺麗なお姉さんが極上ス
マイルで近寄ってきた。
「東堂様、先日はありがとうございました。ご注文頂いたお品物、ご用意できて
おりますので、こちらへどうぞ」
そう言うと、普通では入ることのない豪華な個室へと案内された。
ふかふかなソファーに、緊張しながら身を埋めるように座る。
「少々お待ち下さい」
綺麗なお姉さんが部屋から出ていくと、パニック寸前の頭で目をパチパチさせな
がら課長の方を向いた。
「何?」
「何って。それはこっちのセリフなんだけどっ」
部屋の外まで聞こえないように、小さな声で言い寄る。
何って聞くまでもない。この店に来たということは……。でもまさか、このタイ
ミングでとは思っていなかった。
それに、何となく慣れてるというか、堂々とした態度が気になる。
「この部屋に入るのは、何回目ですか?」
嫌味な質問だけど、言わずにはいられなかった。
今度は課長が、驚いた顔をしている。
「バーカッ!! 初めてだよ」
頭を軽く小突かれる。
「痛っ!」
「まったく……。俺のこと、そんな風に思ってたのかよ」
「だって……」
「この歳だからな、お前が初めての恋人じゃないけど、プロポーズしたのは、結
婚したいと思ったのは百花だけだよ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、そういうことにしといてあげる」
態度は平常心を保ちつつ、心の中では大喜び。なんとか飛び跳ねたい気持ちを抑
えていると、綺麗なお姉さんが戻ってきた。手には革張りのトレーを持ち、その
上には小さな箱が2つ乗っている。