美味しい時間

「百花、左手出して」

まだ少し不安な気持ちが残った顔でお姉さんを見上げると、一度だけしっかりと
頷いてくれた。大丈夫だと背中を押してもらったようだ。
緊張しながら左手を課長の前に出すと、そっと指先を掴む。

「何か、俺まで緊張してきた」

そう言う課長の手が、少し震えていた。
課長も私と同じようにドキドキしてるんだと思うと、身体中からブワッと幸せな
気持ちと自信が溢れだした。

「お、お願いします」

「ああ」

ゆっくりと指輪が嵌められる。まるで結婚式の予行練習をしているみたいに神聖
な気分になてきた。そしてその指輪は、私のために作られたように、ピッタリと
指に嵌った。
ピッタリ? なんで?
私、課長に薬指のサイズなんて、教えたことないよ?

「おっ、ぴったしだったな」

満足そうに微笑んで、頷いている課長。
その笑顔を見たら、指のサイズなんて細かいこと、どうでもよくなってきた。
私のために……ううん、私たち2人のこれからのために、課長が用意してくれた
この指輪を、素直な気持ちで受け取ろう。それが課長に対する礼儀だと思った。

「慶太郎さん、ありがとう」

「やっと素直になったな」

そう言って、嬉しそうに私の頭をクシャッと撫でると、もうひとつの箱を手にす
る。その箱を覗きこんで見てみると、私のバンドリングとお揃いの指輪が収まっ
ていた。

「ペアリングだ」

箱から出して、自分の指に嵌めようとしている手を慌てて止めた。

「私が嵌めてあげる」

「そ、そうか……」

わぁっ!! 課長が照れてる? 照れた顔、始めて見たかもしれない。可愛い。
その表情を確かめるべく、ゆっくりと指に嵌めていった。
これはハマる。完全に私のツボを刺激した。ムフフと笑いそうになるのを、必死
に堪えた。

「なぁ、お前なにか良からぬこと考えてないか」

身体がギクッと反応する。

「な、何も考えてない……けど」

「ふ~ん。じゃあ、そのへんな顔、早く直せ」

「は、はい……」

ヤバいっ。完全にバレてる。


そんな二人の姿を、綺麗なお姉さんが微笑ましく見ていたのは……、言うまでも
ない。


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