美味しい時間
「百花……。お前、そんな殺し文句、どこで覚えた?」
「どこで覚えたって……。素直な気持ち言っただけなのに……」
絡ませていた腕を外され腰を素早く掴まれると、力強く抱き寄せられた。
「百花、俺ヤバいかも……」
「な、なにがっ?」
「キス……したくなった」
「えぇっ!!」
「いい?」
いい? って言われても、ここ、駅のホームだよ?
さすがに、ここでキスする方がヤバいでしょ。
頭を振ってダメって言っても、だんだん顔が迫ってきた。
頭の後ろを押さえつけられてしまったから、逃げることもままならない。
万事休す……。
「愛してる」
その言葉と共に、唇が重なった。瞬間、私はただの女になってしまう。
もうここがホームだろうと構わない。誰に見られていても、この愛情を込められ
た甘い唇を離すことはできなかった。
しかし、もうすぐ新幹線が駅に入ってくるのを知らせるアナウンスが、二人の世
界に浸っていた私たちを、現実の世界に引き戻した。
「あ……」
唇が離れると、どちらからともなく淋しげな声が漏れる。
何年も会えないわけじゃない。会おうと思えば、週末に会いに行けばいいのも分
かっている。なのに繋がっている手を離したくない。でも、そんなわがままは通
用するはずもなくて……。矛盾した思いが胸を締め付け、切なくなってしまう。
「そんな顔してると、大阪に連れてくぞ」
どんな顔をしているのか……。きっと、今にも泣き出しそうな顔をしてるんだろ
う。こんなんじゃダメだ。無理に笑顔を作ってみても、いつものようには笑えな
い。
「しょうがないなぁ」
そう言うと、スラックスのポケットから何かを取り出した。
「右手、出して」
言われるままに右手を差し出す。
すると、チャリンと音を出して手の上にひとつの鍵が置かれた。指輪と同じ形の
ハートのチャームが付いている。