蒼穹の誘惑
瞬時に身体が緊張し、息を呑む。

「気が付いたか?」

その声のトーンに、本能的に、この男は自分を傷つけないだろうと悟る。

一見強面な顔立ちのその男は、感情の読めない表情を貼り付けているが、みずきに対する殺意や禍々しい感情はなさそうだ。

男は、みずきの傍に来て跪くと、彼女の身体を無理やり起こし、ミネラルウォーターのボトルを口元に充てた。

「飲め」

悔しさに、わざと顔をそむけると、顎を掴まれ無理やり飲まされた。

勢いよく口腔に押し込まれた水は、からからに乾いた喉を潤してくれるが、気管を通った瞬間、吐き気を催し、大きくむせた。

「ゴホッ……ゴホッ……」

「しっかり飲め。脱水症状になられても困るからな」

「………」

口に含んだ水をそのまま目の前の男に吹きかけてやりたかったが、あえてその衝動的な怒りを抑えた。

「頭が痛いだろうが、しばらくしたら治まる」

「顔に傷つけて良くても、脱水症状は困るの?痕残ったら、慰謝料請求するから」

皮肉っぽい笑いを浮かべ、挑発的に答えた。

こんなときまで勝気な性格が出てしまうのが恨めしい。



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