月とバイオリン
「大丈夫だと、思います」

ぐるぐると止め処なく巡る不幸な想像を止めた言葉を発した彼を、メアリーアンは見つけ、見つめた。


 ウィリアム・ハロウズ。

この部屋の主は、ヴァイオリンを手には持たずにテーブルの上に置き、開いた扉に背を預け、廊下に立っていた。

扉を開いたのは彼の手であったことがわかる。そして、


――廊下に立っている。


「診てくれたの?」

「どこもぶつけてはいないですから、おそらく驚いただけではと」


 メアリーアンはかがみ込み、指先で白い頬に触れた。

呼吸は規則正しく穏やかである。

それに彼は、そう発言する根拠を学んでいる者なのだから。

「あなたが言うなら安心するわ。ありがとう、助けてくれたのね。あなたこそ驚いたでしょう。大丈夫だった?」
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