佳き日に




エナカはムッとして、本で雨の頭をつく。

「なんでそこで笑うの。」

くっくっ、と雨の笑い声が漏れている。

もう隠しても意味が無いと思ったのか、雨が顔をあげた。
なかなか見る事の出来ない、雨の笑った顔。

「いや、なんか、よかったなぁって思えて。」

はぁ、と言いたいのを堪えた。
何が良かったのか。
雨の言いたい事が全く掴めない。

それでも、よかったと笑う雨の顔がとても安心しているように見えたので、エナカは何も言わなかった。

ペラ、とページを捲ると、ペットの話になっていた。
本物の動物が欲しいのに、電気羊を飼うしかない主人公。
やはり、命あるものと命ないものの差は大きいのだろうか。


「どんな状況でもなんとか生き延びて、死ぬときに精一杯生きられたって思えればそれで十分だよな。」


自分に言い聞かせるように言った雨の言葉は、不思議とエナカの心に響いた。

精一杯生きる事。
三十年近くたった今、ひどく寂しい病室でエナカはもう一度その言葉を口に出す。


『お前、狙われてるぞ。』

せんべいの言葉を思い出す。

メモリーズ。

もう関わることはないと思っていたのに。
自分のしてきたことについて考えることを放棄して逃げ出した二十一年前。

今回は、真正面から戦おう。

エナカはギュッとシーツを握りしめる。

決意したエナカの目は、ただまっすぐに前を見つめていた。



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