佳き日に



エナカも帰ろうと思い駅の方へ足を踏み出す。
人気のない路地を歩く。

少し、ほんの数分でもいいから海に寄って行こうかな、と思った。
昔から好きだった海。
静かな深海。
海に一日中潜っていたくて、海女さんになりたくて。

呼吸を止めても運動が出来るように、呼吸を止めて一分以上平気でいられるように必死で練習した。



『海、好きなの?』


人がいなくなったとき、一番始めに忘れてしまうのは声だとどこかで聞いた。

エナカは目を閉じる。
大丈夫、まだ憶えてる。

じんわりとした想いをエナカが感じていると、背後から懐かしい、ピリッとした空気が漂ってきた。


殺気。




ザシュッと音と共に、右腕に焼けるような痛みが走る。
身を翻していなかったらきっと心臓を一刺しでやられていただろう。


< 279 / 627 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop