佳き日に
「琴っ!」
鉛丹の後方を見て琥珀は思いっきり叫んだ。
まるで、鉛丹の後ろに琴がいるかのように。
思った通り、バッと鉛丹は後ろを向き銃を構えた。
だが、目の前には困惑する人々がいるだけで、琴の姿はないだろう。
鉛丹が再び琥珀の方を向き直るまで三秒もない。
それでも十分だった。
「待てっ!」
鉛丹の声が後方から聞こえる。
だがもう遅い。
鉛丹がハッタリに騙されている間に琥珀は道路に投げ出された自転車に跨り走り出していた。
一気にペダルをこぎ今まで出したこともないようなスピードで下り坂を下る。
人々が驚きながら琥珀を避けていく。
頭の中は一刻も早く逃げなくちゃ、という思いでいっぱいだった。
逃げる、鉛丹が追ってこられないところまで。
こんな朝早くから行っても大丈夫なところ。
ぐるぐる回る考えを整理しながら琥珀は必死にペダルを回した。