佳き日に
無心のまま新幹線に乗り込み、ぼんやりと目の前の座席の模様を見ていた。
移動中は秘密警察のことが頭を掠めることはなかった。
鞄の中で震え続ける携帯にも気付く余裕がなかった。
そう、余裕はなかったのだ。
だからか、隣に女がやってきたことなんて分からなかった。
「ねぇ、あんた、茜だよね。」
パリッとした声がした。
反応するまでに随分時間がかかった。
あぁ、茜って、私のことか。
そう合点がいき顔を上げたら、まつげが長い女の人がこちらを見ていた。
パリッとした声とは対照的に、女の顔はどこかぼんやりとした印象を与えた。
「隣座ってもいい?」
こくりと一つ頷く。
この女の人は茜の名前を知っているようだが、知り合いだっただろうか。
茜はいちいち知り合いの顔を思い出すのがめんどくさく、そのまま相手に質問した。
「あの、知り合いでしたっけ?」
「いや、初対面よ。」
女はなんてことないようにそう言い、バリッとポテトチップの袋を開けた。
それから人目も憚らずバリバリ食べ始めた。