佳き日に
鉛丹が絶望的な気持ちになったとき、転倒した衝撃で地面に放り出されていた携帯が軽快な音を鳴らした。
荒い手つきでそれを取る。
『あ、兄さん、今どこですか?』
少しモゴモゴした桔梗の声が聞こえる。
琥珀から琴を離すため殴られていたので顔が腫れて話しづらいのだろう。
「ハンバーグ店近くの十字路のとこだ。わりぃ、琥珀見失った。」
鉛丹はそう話しながら目を曇らせる。
最悪だ。
菘と桔梗の苦労も俺の失敗のせいで水の泡だ。
『あぁ、それなら大丈夫です。菘さんが車で突っ込んで琥珀さんが転んでいたときどさくさに紛れて発信機付けておきました。』
発信機?
予想外の桔梗の準備の良さに鉛丹は暫し言葉を失う。
『ビックリしました?』
「あ、あぁ。」
やけに嬉しそうな桔梗の声。
『兄さんが今いる十字路を西の方向へ500m先のところを琥珀からさんは今走ってます。僕もすぐ向かいますので。あ、あと琴が僕よりも先に出発してるんで追いつかれないようにしてください。』
パトカーの音はもう聞こえなかった。
鉛丹は顔を上げ自転車を片手で立てる。
大丈夫、まだ追いつける。
自分の太ももを一回パンッと叩いた。
『兄さん、それよりもこのコンタクトレンズ、ゴロゴロするんで外していいですか?』
「ダメに決まってるだろ。」
言うやいなや電話を切り、鉛丹はペダルをこぎ始めた。