佳き日に
「桔梗もさ、行ってみたいって思わないか?」
「・・・・・何処にですか?」
少し視線をこちらに向け、おそるおそる聞いてくる。
「学校。」
鉛丹はなんでもないことのように言ってみせたつもりだったが、上手くいったかは自信がない。
桔梗は怒るような、哀しいような、悔しいとも言えるような複雑な表情になった。
自分たちには一生関係ないであろう表の世界。
希望と夢に溢れている、普通の、生活。
皆同じ制服で、決められた時間に、同じ方向を向いて座る場所。
規則づくしでうっとおしい場所だな、と思うと共に、少し憧れる気持ちもある。
桔梗と二人で生きていくこの生活は気に入っている。
自由で、気楽で。
でも、たまにそんな日々がすごく哀しく、切なく感じて、どうしようもない気持ちになる時がある。
桔梗もきっと、この切なさをもう何十回も経験しているだろう。
そう確信を持って鉛丹は桔梗を見つめた。
「しょうがないですよ。」
そう呟いた桔梗の瞳が不安定に揺れる。
茶色がかっていて、ビー玉みたいだな、と思った。
「どうにもならないことを考えるのはやめましょう。虚しくなるだけです。」
今度はしっかりと鉛丹の目を捉えてきた。
鉛丹も無表情に頷く。
「そうだな、お前の言う通り、どうにもならねぇよな。」
俺らが存在しないことになってんのも、学校に行けないのも。
「だって俺らは、」
メモリーズだもんな。
最後の方を小さく言った。
桔梗は小さく唇を噛む。
窓の外は景色がどんどん変わっていく。
取り残されたみたいだ、と鉛丹は思う。
もしも、俺らがメモリーズじゃなかったら、とそんな妄想は何百回とした。
静かに、何かに耐えるように桔梗は呟く。
「僕らは、選ばれなかったんだ。」
そしてまた桔梗は帽子を触る。
哀しそうに、悔しそうに。
だよな、と鉛丹は心の中で相づちをうち。
メモリーズは、選ばれなかった人間達の、生き残りだもんな、と。