佳き日に



「エナカ、あんなに走ったのに汗ひとつかいてないとかすごい!」

なんとかエナカのピリピリとした空気を和ませようと琥珀は頑張る。

しかしエナカは一ミリも表情を変えず考え込んだままだ。

「私の方が若いのに、何か悔しい!」

めげずにアハハと笑いながら琥珀は話しかける。
しかし結果は変わらない。
今日のエナカなんか手強いよ!と琥珀は項垂れた。

そんな琥珀の様子など気にしないで、エナカは唐突に有無を言わさぬ口調でしゃべり出した。

「琥珀。鞄見せて。」

「え、なんで?」

「なんでも。」

少しおどおどした様子で琥珀は鞄を差し出した。
エナカはそれを受け取るや否や中身を物色し始めた。
手つきは些か荒々しいが、エナカの心中は祈るような気持ちでいっぱいだった。

頼むから、私の思い違いであってほしい。
数学のノート、筆箱、電子辞書。
一つ一つ丁寧に確かめながらエナカは願っていた。

メモリーズは何があっても自ら一般人と接触をもとうとはしない。
記憶を盗むため目を合わせることはあるが、直接話したりはしないはずだ。
人ごみを嫌い、目立たないように生きる。

エナカがスーパーに逃げ込んだのも人が多い場所だからだ。

「琥珀。」

鞄から目を離さずにエナカが声をかける。
久しぶりのこの肌が急に冷えてゆく感覚に声が震えてしまった。

「ん、何?」

エナカの異様な声の震えにも気づかないのか、のんびりとした口調で琥珀が返事をする。

「最近、新しい知り合いとか、できた?」

後ろから三五八漬けを宣伝する歌が聞こえてくる。
アップテンポな耳に残る曲。


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