愛は満ちる月のように
桜に気を取られているとばかり思っていたのに、美月は全部見ていたらしい。

こういうときは何を言ってもヤブヘビになる。悠は何も答えずにいた。


「このネームカードはプライベート用みたい。携帯の番号も書いてあるわ。でも、連絡を取るのは私がボストンに帰ってからにしてね」


冗談めかして言うが、美月の表情は強張っていた。


悠は、美月がポケットに戻したネームカードを取り出すと、一瞥もせず握りつぶした。そのまま、目についたゴミ箱に捨てる。


「連絡は取らない。それに……付き合いがあったら、こんなものは渡さないだろう? さ、那智さんと合流しよう」


あからさまにホッとした美月を見ていると、キスしたくて堪らなくなる。

そんな気持ちをごまかすように数歩先に進み、立ち止まって、思い立ったように手を差し伸べた。


「さあ、どうぞ、奥さん」


差し出した右手の上に、美月の左手が乗せられ……。

その細く柔らかな手をギュッと掴んだ。


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