愛は満ちる月のように

(8)父の告白

沙紀の爆弾発言の数日後、悠は休日に父の事務所に呼び出された。

都心にある一条法律事務所。所属する弁護士は父を除いて三~四人程度。もっと規模を大きくすることもできたが、父は自らが全体を把握できる範囲内の仕事しか引き受けてこなかった。だが、顧客には海外の大手企業も多く、日本国内においてはトップクラスの企業弁護士と評されていた。


『休日にこんなところにまで呼び出して悪かったな』


父はすでに五十代、悠が生まれたときが三十五歳だったのだから当然ともいえる。だが末っ子の紫はまだ幼稚園。そのせいか充分に若々しく見えた。

悠にとって父は、理想であり憧れであり、畏怖の対象でもあった。

中学生のとき、父が再婚で、母と結婚したのは悠が三歳になる年だと知る。子供心に、父の悠に対する態度と、弟妹に対する態度に差を感じ……実の父は他にいるのかも、と悩んだことも。思春期あたりから親とはだいぶ距離を取るようになっている。だが、それでも家族を大切に思うことに間違いはなかった。

このときまでは――。


『母さんや桜たちには聞かせたくない話だった……こう言ったら、わかると思うが』


事務所に呼ばれることなど一度もなかった。それが呼ばれたということは……。予想どおりではあるが、最悪の結果であることには間違いない。


『すべて父さんのせいだ。本当にすまない』


父の手には悠が沙紀に渡した中絶同意書のコピーがあった。


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