愛は満ちる月のように
千絵はある程度の信頼を悠から勝ち取っていたようだ。もちろん愛人としての信頼だが、それでも美月にすれば面白くない。

とくに悠の『千絵』と呼ぶ声にはやり場のない苛立ちを覚える。


「彼女が沙紀を訴えることは可能だけど、評判を落とすだけで実利はないでしょうね。沙紀にすれば“弟の幸福を願っての行動”にすぎない訳だから」


沙紀が悠を弟と言い続けるのが血縁に対する情愛であれ、打算であれ、それだけで罰することは難しい。宿泊場所や食事の提供を受けていたが、契約したのは千絵だ。現金も貸しているが、きちんと契約書も交わしており、それに関する返済期限も過ぎてはいない。

何より、千絵が案じていたのは父親が弁護士資格を剥奪されることだった。

周囲が羨むような結婚相手――虚栄心が見せた愚かな夢を、うっかり口にしてしまったばかりに。田舎弁護士に過ぎない父にまで危険な夢を見せてしまった、と。



「結局、十年経ってもあなたは同じだということよ。遠藤沙紀の手の平で踊らされて……」


そのとき、ガタンと大きな音を立てて立ち上がったのは那智だった。


「そろそろ夜の部の開店時間だ。ここは好きに使ってくれていいから。――美月さん、君が怒る気持ちはよくわかる。でも、それより先に一条に言うべき言葉があるんじゃないかな?」


那智の言葉を聞いた瞬間、美月は頬が熱くなる。助けてもらった礼も言わず、ひたすら嫉妬していたことに気づいたのだった。


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