愛は満ちる月のように
父の言葉に立ち上がろうとした母を制し、


「やだ、もうお父さんたら。私は十五歳じゃないのよ、大丈夫だから……私より、小太郎がどんどん向こうに行っちゃってるんだけど」


美月が指差すと、母は「あらあら」と言いながら走って小太郎を追いかけていく。

そんな母と小太郎の後ろ姿を見ながら、父と顔を合わせて笑った。


ささやかでも幸せはここにある――美月は胸に甦る温もりを感じていた。



化粧室の鏡に映る自分の顔をジッとみつめる。


(思い切り失恋したはずなのに、意外とどん底の顔じゃないわよね。ユウさんのこと……それほど好きじゃなかったのかな……)


子供のころから自分が変わっていることは自覚していた。

心を解放するのが怖い。愛の告白すら、どこか他人事のような言い方だった。本当は千絵のようになりふりかまわず『捨てないで』と泣き叫び、悠を困らせたほうがよかったのかもしれない。


(だって……そんなことできないんだもの。仕方ないじゃない……)


美月が一旦目を閉じ、込み上げた涙を鎮めて目を開いたとき――。

背後に立つ沙紀の姿が、鏡に映っていた。


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