愛は満ちる月のように

(10)永遠のフルムーン

――あなたから欲しいものは……もう、何もない


それは美月からの最後通牒のように聞こえた。

これ以上、未練がましく愛の言葉を口にするべきではない。彼女は新しい人生を歩み出そうとしている。その隣に立つのは悠ではない。

選ばれなかったのではなく、自ら捨てたのだ。

今の悠に愛を乞う資格はない。


美月の冷たい態度に、精一杯の虚勢を張って見せる。少しでも彼女の負担にならないように。そんなことを思いつつ、悠はドアに手をかけた。


(もう……これまでだ。諦めろ……おまえにチャンスはない)


開いたドアの間から、足を一歩踏み出せばいい。

帰国して、できるだけ早いうちに離婚届けを提出する。身の振り方はそのあとで考えても……。


(本当にいいのか? おまえはまだ、カッコつけるだけのプライドを残してるじゃないか。それで本当に後悔しないと言えるか!?)


心の月を永遠に失うことになる。

頭に響く叱咤する声を振り切ることができないまま、悠はドアノブから手を離した。

ドアはゆっくりと音を立てて閉まる。


もう一度、美月に頼んでみよう。いや、もう何度でもお願いしてみるしかない。土下座してでも、足元に縋りついてでも……ひれ伏すくらいがなんだと言うんだ。

警察に突き出されて、強制送還されるまで粘れば、美月も根負けしてくれるかもしれない。


いささか危険な考えに囚われかけたとき、背後から嗚咽とともに救いの声が聞こえてきた。


行かないで……と。


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