女王様のため息


その日、総会の会場の撤収を終えた後の総務部はまるで抜け殻状態だ。

無事に終えられた安堵感と、大きなイベントが終わった焦燥感。

毎年株主総会が終わった午後は、誰もが自分の席で単純作業をしたり、電話番に徹したり。

まだ就業中だというのに開店休業とでもいうようなまったりとした空気。

総務部に用事があってやってくる他部署の社員も、この日ばかりは苦笑するだけで何も言わない。

『無事に終わって良かったな』

そう声をかけていく人もいて、そのたびに『ありがとうございます』と言って会釈するのが精いっぱい。

そんな中、私はデスクにコーヒーを置いて、忙しい間にたまっていたメールの返信や書類の整理をのんびりとしていた。

大至急返信要と記されたメール以外後回しにしていたメールに目を通していると、不意に肩をぽんと叩かれた。

振り返ると、書類を胸に抱えて神妙な顔をして立つ女の子がいた。

「あ、上田さん、どうしたの?」

人事部の彼女が総務部に来る機会は多いけれど、こんなに真面目な顔は見た事がない。

「えっと、その……。先日回ってきたこの決裁なんですけど」

ためらいがちに手渡されたそれは、司と一緒に決めた新居。

会社からの住宅手当はもちろん、敷金なども会社から支給される事もあって決裁を回して許可をもらわなくてはいけない。

異動に伴うものだから、社長決裁扱いとなっていて、研修部からも人事部からも決裁がおりるのは確実だと聞いていたけれど。

手元の書類を見ると、決裁願いの右上には赤い否決の押印がされていた。

「えっ……嘘、なんで?」

それまでのゆるゆるとした気分が一気に覚めて、思わず背が伸びた。

そして、そんな私の慌てた様子は総務部内に一気に広まって。

部内全部の視線を集めてしまった……。

異動の話も、新居の話もまだ解禁前なのに。

っていうより、新居をもう一度考え直さないといけないってどういう事?


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