女王様のため息
「ねえ、海に彼女ができたら教えてね」

新聞を広げている海に声をかけると、怪訝そうな顔を向けられた。

「合鍵、返しておいたほうがいいでしょ?彼女と一緒にいる時に私が行ったらまずいもん」

そんな事、早く気付いてあげるべきだったなと、今更ながらに呟くと、

「ふん、不要な気遣いはやめろ。真珠から合鍵を返して欲しいくらいに惚れる女ができたら、即、返却命令出す。それまでは持ってろ」

合鍵くらい、どうってことない。
なんて感じで言ったあと、新聞に視線を戻した。

それからしばらく、会話もないままぼんやりと時間を過ごしながら。

部屋に流れる風に身を任せていた。

夕べ、司から拒まれた私の恋心の残骸を吹き散らすように、初夏の風は私の素肌にまとわりついてはすっと離れていく。

私の心の奥に残された焦燥感と切なさも一緒に流れていけばいいのに。

そして、まだ唇に残っているかと錯覚する司の唇の熱も。

「ねえ、海?」

「ん?」

「今晩さ、泣きながらわめきながら海の部屋に飛び込んでもいい?」

「……」

どこかとぼけたような私の口調と言葉の内容のギャプに戸惑うような海の視線を受け止めて。

それでも軽く口元を上げて。

「司から、思いっきりとどめを刺されてこようかと、それがいいかなと。
でも、きっと泣くからさ。刺された後、海のところに逃げてもいい?」

「……了解」

あっさりと、一言。海はいつも変わらない。

そして、その瞬間。

レースのカーテンは風に大きく揺らされて、まるで私の心のように、跳ねていた。



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