桜空あかねの裏事情
「……」
陸人の言葉に泰牙は沈黙する。
――なるほど。彼にも何か事情があるってわけね。
でもだからって、あかねちゃんの事を悪く言うのはちょっとなぁ。
「意外だね。君も多少は期待してるから、そんな嫌味を言うのかと思ったよ」
「まさか!あんな実力も品格もない、人望だけが頼りの小娘に、期待なんかするもんか」
「その言動は厳しいね。俺が言うのもあれだけど、あかねちゃんはいい子だよ」
諭すように緩やかに反論する泰牙。
それに対しては陸人は、苦虫を噛み潰したように嫌そうな顔をした。
「ジョエルもアーネストもそうだけどさー、あんな小娘のどこがいいのさ。チビでまな板で生意気じゃん」
「うーん。その二人がどう思ってるかは知らないけど……なんていうか、構いたくなるよね。言動からして図太いかと思ったら、俺の冗談を真に受ける可愛いとこもあるし」
「なにそれ?女の子は金髪のスレンダーな美人でしょ」
「いや、それ君の好みだよね?」
素早く言葉を返した泰牙を気にする事なく、陸人は思案に耽る。
「ほんっとムカつくなー。アンタもあかねちゃんも。でも………そうだなぁ。そこまで言うなら」
陸人は独りでに呟いて口元に弧を描く。
「ねぇ」
空いていた距離をじわじわと削るように、ゆっくりとした動作で泰牙との距離を詰める。
「…何だい?」
「もしボクが、アンタにはやるべき事があるって言ったらどうする?」
「やるべき事?」
突拍子のない問い掛けに、泰牙は眉を顰める。
その反面、先程とは打って変わり、陸人は子供のように無邪気で悪戯な笑みを浮かべている。
「そ。ボクに対して少しでも苛ついて、あかねちゃんに対して少しでも罪悪感があるならの話だけどね」
「…それってどんな?」
「大した事じゃないよ。アンタにとっては簡単な事。ボクにとっては重荷だけどねー」
抽象的な物言いに、果たしてそれが真実なのか。
泰牙は思わず疑いの眼差しを向けてしまう。
「どうする?本心を騙る猜疑心に溢れた弱虫さん」
挑発的な不遜な物言い。
普段ならば当たり障りのない言葉を返すか、そのままこの場を去る事も出来ただろう。
しかし今の泰牙にはそんな事すら思い付かないほど、思考は別のものに惹き付けられていた。
過去を繰り返す事を恐れる自分でも、災いをもたらしてしまう自分でも、まだやるべき事がある。
その言葉は泰牙自身にとって、ある意味において救いであった。
そう思ったからだろうか。
この場から去ろうとした足は、気が付けばもう動かなくなっていた。
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