桜空あかねの裏事情

矢一が素早く、そして音もなく扉を開けてそう告げる。
タイミングが悪いと内心
悪態をつきながらも、あかねは立ち上がって矢一に歩み寄る。


「黒貂から話は聞いたよ。他に何かする事はある?」

「否。君は言われた事に専念してくれればいい」

「分かった」

「それと申し訳ないが、この荷物を運んでくれないだろうか」

「え、荷物?別にいいけど」


あかねはそう言って、矢一が片手で持っている荷物を受け取る。


「そこの通りを進んで、玄関にまで運んで置いといてくれると有り難い」

「あ、うん。分かった」


荷物を持って、あかねは部屋を出て行く。


「……よろしいのですか?」


あかねの足音が遠ざかるのを見計らって、矢一は黒貂にそう尋ねる。


「何をですか?」

「このまま計画を遂行して」

「もちろんです」


黒貂は翡翠の瞳を細め、薄く笑みを浮かべて頷いた。


「ふふ。貴方がそのような事を聞くなんて、珍しい。何かありましたか?」

「否。ただ……」

「ただ?」


視線を逸らし、口ごもる矢一。
黒貂は不思議に思い首を傾げながら問い掛ける。


「…とても悲しそうな顔を、していらしてるので」


間を空けて言葉を紡げば、黒貂は再び微笑みかける。


「そんな事はありません。今宵、あかね様が無事オルディネの方々の元へ帰られるのを、誰より願っているのですから」

「…左様ですか」

「ええ。ですから、何としても成し遂げなければ。矢一、貴方も気を引き締めてお掛かりなさい」

「諾」


いつもと変わらない微笑み。
しかしそれは、誰に言った言葉だったのだろうか。
相槌を打ちながらも、矢一の中の疑問は尽きることはなかった。


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