桜空あかねの裏事情
誰に言うわけでもなく独りでに呟いたその言葉は、緩やかに吹く風と共に消えていく。
それから間もなくして、背後から唐突に気配が現れる。
しかしそれは、突き刺さるような気などを含んでおらず、ゆっくりとした足取りでこちらへ近寄って来る。
「ここだけの話……君は去るだろうと思っていた」
背を向けたまま、視線すら移すことなく、言葉だけが紡がれる。
「君の事を快く思わない者もいるし、いくら私が庇ったところで、肝心のあかね嬢もいないしね……でも」
そこで言葉を一旦閉ざし、アーネストは近付いて来る気配に、ようやく向き合う。
「君は去らなかった。それどころか、今ここにいる。……私達の事を信じてくれたと、判断していいのかな」
優しげな笑みを浮かべつつ、されど瞳を逸らさずに目の前の相手――泰牙にそう問い掛けた。
「どうだろうね。君やあかねちゃんの思惑に、まんまとのせられちゃったワケだし。かと言って、俺を殺そうとしたわけじゃないし……正直言って分からない」
俯いたままそう答える泰牙の言葉に、アーネストは耳を傾ける。
「ただ…」
「ただ?」
「………。俺もあかねちゃんを助けたいと思ったから」
言い終わると再び緩やかな風が吹く。
月が半分ほど雲に隠れて翳り、辺りが薄暗くなる。
それも相まって、俯いた彼の表情は更に読み取れない。
追求する事は容易かったが、それ以上問い掛ける事は敢えてせずに、アーネストは話題を切り替える。
「ではとりあえず、君にも作戦を伝えるよ」
「うん。頼むよ」
「簡単に言えば、闇市に潜入してあかね嬢を見付けて奪還する算段……なのだけれど、あかね嬢が闇市に来ているかは、未だ分かっていない」
「…そうなんだ」
「残念ながらね。見ていたとは思うけど、ジョエルの代理として結祈達を先に潜入させている。けれど闇市に赴いている者達は、思いのほか多い。あかね嬢がいたとしても、見つけるまで時間は掛かるはずだよ」
「彼等以外には?」
「もちろん、陸人とギネヴィアも既に潜入しているよ。ただ二人には出入り口付近を見張ってもらっているから、持ち場を離れられないんだ」
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