桜空あかねの裏事情
「飲み物でもいかがですか?気休めにしかならないかも知れませんが、多少は気分が晴れるかと」
そんな様子を見て、懸命に話し掛ける黒貂。
あかねはそこで、彼女の顔に視線を向ける。
笑みを浮かべつつも、真摯な態度で見つめており、彼女なりに自分を気遣っているのだと感じた。
「…うん。そうだね」
応えるよう、少しだけ笑みを浮かべる。
「焦っても仕方ないよね」
「はい」
黒貂もまた微笑んで頷く。
「オレンジジュースあるかな」
「あると思いますわ。矢一に頼みましょう」
「ううん。自分で行くよ」
あかねは首を振って立ち上がる。
「心配掛けちゃってごめんね。黒貂や矢一だって頑張ってくれてるのに」
ここにいるのだって、二人が自分を逃す為に算段を立ててくれたからであり、自分一人の力ではない。
そんな事さえ忘れていたあかねは、申し訳なさに眉根を下げる。
「いえ。不安になるお気持ちは、理解しているつもりですから。それに私は――」
「え?」
何か言いかけようとする黒貂に、あかねは振り向いて首を傾げる。
だが彼女は首を横に振ってただ微笑んだ。
「何でもありません。行ってらっしゃいませ」
「?……うん。行ってくるね」
「はい」
「あ、矢一も連れてっていい?」
「ええ、構いませんわ」
黒貂の許可を得ると、矢一の姿を探す。
彼は離れた場所で、壁に寄りかかって周囲に警戒するように見渡していた。
声を掛けるには距離があるので駆け寄ろうとすると、辺りを見ていなかった所為か、あかねは誰かにぶつかる。
「あ、ごめんなさ……!」
謝罪の言葉を述べながら、あかねはぶつかった相手を見ると、思わず言葉を失い目を見開く。
「どうやら今日は運がいいらしい。こんな可愛らしいお嬢さん会えるなんて、ね」
口説きにも聞こえるその言葉。
だがそれよりもあかねの耳に入ったのは、彼の声だった。
それはたった数日しか離れてないというのに、懐かしいと思えるほど優しくて聞きたかった声の一つでもあった。
そして相手の顔を目に映して、あかねは嬉しさに顔を綻ばせる。
「アーネストさん!」
名前を口にすれば、アーネストは栗毛色の髪を揺らして、普段と変わりない優しい笑みを浮かべた。
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