桜空あかねの裏事情

アーネストがそう言って少女の手を取ると、彼女は素早く振り払う。


「お断りよ。あたしは彼に用があるの」

「それは残念。どのようなご用件です?」

「教える義理なんてないわ」


警戒しているのか冷たくあしらう少女に、アーネストは残念そうに眉根を下げる。


「ふむ。どうやら相手にすらしてもらえないようだね。では最後に、言葉にはくれぐれも慎重に」

「は?」


意味が分からないと言いたげな少女。
しかしアーネストは細く微笑みを返す。


「おや、知りませんか?彼はジョエルの秘蔵っ子。つまりお気に入りなのですよ」

「ちょっ、アーネストさん…!」

「その証拠に私は、ジョエルの代理で来た彼の護衛を一任されてます」


慌てる結祈を構わずに、恭しくそう述べる。
強ち間違ってもいない言い表し方だが、結祈にとって不快以外の何者でもないだろう。


「ジョエルって…あの五指の?」


だがそう言った甲斐はあったのだろう。
少女は何を思ったのか、険しい顔つきでそう呟く。
それに追い討ちをかけるように、アーネストは更に言葉を続ける。


「勿論。ですから、彼に一体何の用があるかはさておき、今宵の出来事は全てそのジョエルに伝わると言う事。仮にもチームに所属している身なら、それがどういう意味を為すのか……分かりますね」


巧みな言葉使いで、有無を言わさない笑みを貼り付け、尚も相手の反応を試す。
そんなアーネストの余裕な態度に対して、少女は困ったような表情を浮かべる。
だがそれは一瞬で、すぐにアーネストを一瞥すると、素早く身を翻す。


「……失礼するわ」


意気揚々とした態度から一変。
少女は静かにそう言い捨て、振り返りもせず、人混みの中へと去っていった。


「ありがとうございました。お陰で助かりました」


一難去って安堵した結祈は、そっと息を吐いて感謝の意を述べる。


「大した事ではないよ。しかし君にしては、随分と手こずっていたね」

「…そうですね」



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