桜空あかねの裏事情

しかし聞こえたのは落ち着いた声でも、溌剌とした高い声でもない、低い声。
不思議に思ったあかねは、泰牙にしがみつきながら、こっそりと顔を出す。
そこには矢一と対峙していたはずの青年の姿があった。
女の隣で、自身の服に着いた火を、懸命に叩いて消している。


「あっちー!なんつーことしてやがる!お陰で服が焦げちまったじゃねぇか!」

「そう言われてもねぇ。むしろ焦げたのが、服で良かったじゃない?」


確かに。泰牙の言葉に内心同意しつつ、あかねは青年の様子を伺う。


「見苦しいですわよ」

「んだとババア。どの口が言ってやがる。見苦しいのはテメェだろ」


そう言いつつも青年は、女に手を差し伸べて立たせる。


「ちくしょう……オレのこれっぽっちの給料叩いて、昨日買ったばっかだってのに」

「下らない。服なんて幾らでもあるでしょうに」

「何言ってやがる。色合いがイイのなんざ、そうそうねぇよ」

「知りませんわ」


仲がいいのか悪いのか、青年と女は少しばかり言い合いをしながら、態勢を整える。


「あの似非忍者をやっと退けたと思ったら、今度はコイツか。今日はツイてるな」


そう言いながら、青年は右手から青い炎を発生させる。


「一気に片付けてやる。ババア、しっかり援護しろよ」

「分かってますわ」

「それとチビ!テメェもずっと寝てねぇで、ちったぁ動け」

「…ヴー」


呻き声に振り返れば、気絶していたはずの少女が意識を取り戻していた。


「セナカ…イタイ……」


こちらを恨めしそうに睨みながら、少女も火の玉を発生させる。


「こりゃ形勢逆転かな?困ったなぁ」


再び囲まれ、窮地に追い詰められ、泰牙は苦笑しつつもそう低い声で呟いた。


「でもあかねちゃんだけは、守らないとね」


誰に言うわけでもなく、自分にそう言い聞かせて、泰牙は臨戦態勢を取る。
その姿を見て、あかねは複雑な表情を浮かべる。


――私は何も出来ない?
――確かに全然、異能を使えないし
――余計な事をしない方がいいのは
――分かってるつもりだけど。
――だけど。
――このままじゃ、泰牙さんは
――また傷付いてしまう。


無力な自分に嫌悪を感じて俯くと、ジョエルが黒石の首飾りが目に映って、あかねは握り締める。


――無知で生意気な小娘。
――今の私はあまりにも
――ジョエルの言った通り。
――悔しい。
――私だって……。


「………り……や」

「…あかねちゃん?」

「守られてばかりは…いや」


あかねは小さい声で、されどはっきりと答えた。
同時に首飾りの黒石が、呼応するように妖しく光り出す。
すると、瞬く間に黒い靄が周囲を覆うように広がり始め、目の前が真っ暗になった。

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