桜空あかねの裏事情
――そういうことでしたの。
合点がいったのか、紅晶は口元に笑みを浮かべる。
「ジョエル様は……あかね様の事を、とても大切に想われているのですね」
「は?」
紅晶の呟きに、ジョエルは思わず声を零して振り返った。
目元はサングラスに隠れて見えないが、怪訝な眼差しを向けているに違いない。
「可笑しなことを言う。どこをどう取ればそう思う」
「全てですわ。一見、私を案じているよう動いていますが、それら全ての行いは、あかね様を想ってのことなのでしょう?それとも……他の何かを想っているのでしょうか?」
蠱惑の笑みを浮かべつつ、優しげな声色で紅晶は問い掛ける。
ジョエルはその姿を一瞥すると、口元に笑みを見せた。
「なるほどな……やはりお嬢さんは、ただの色女を連れてきたわけではないらしい」
「それは買い被りでしょう。私は、あかね様がいなければ籠の外に出ることはおろか、あの者の慰め物として一生を過ごしていたであろう愚かで、穢れた女なのですから」
「しかしその実、従順そうに付き従いながら、人の心を利することに長けている。大方お嬢さんの言うその箱庭で、呑気に過ごしていたわけではないだろう」
ジョエルの切り返しに、紅晶は眼を瞬かせる。
あかねと共にオルディネに来てから数日は経過していたが、この男と話したのは所属の契約をする時のみで、まともに話したのは初めてであった。
だがジョエルは、あろうことか紅晶の性質を正確に見抜いていた。
数えるほどの会話で把握したのか、日々のさり気ない言動から察していたのか。
どちらにせよ、紅晶にとっては予想もしないことであり同時に、自分に踏み込んでくる他者の存在があることが、楽しくもあった。
「ふふっ……恐ろしい方。アーネスト様や陸人様が、一目置いている理由が分かった気がします」
「私も予想より聡い女だと確信したよ。色女は好みではないが、その強かさは好印象だ」
皮肉を混じえて放たれた言葉に、紅晶は顔を歪ませることも動じることもなく、翡翠の目を細め、ただ柔らか笑みを返す。
その態度に満足したのか、ジョエルは愉しげに喉を鳴らして笑うと、再び背を向けた。
「クックック……思いの外、君は使えそうだな。このオルディネに居続けるのなら、全身全霊でお嬢さんに尽くせ」
「はい。ご心配なく。元よりそのつもりで御座いますから」
「頼もしいことだ」
それからヴィオレットに着くまでの間、二人の間には会話は一切無かった。
だが不思議なことに、どこか清々しい雰囲気を放ちながら、互いに笑みを浮かべていた。
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