絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 狭い店内は、古い木材でできたテーブルと椅子でいっぱいになっており、ランチ目指して来るオフィスレディですぐに満席になった。
 今井の勧めで、ランチメニューを注文し、当たり障りのない話をする。しまった、なぜ今日に限って、成瀬を呼ばなかったのだろう。今更話題に困って、ようやくその存在に気が付いた。
「香月さんとは世間話できる時間がないしね、一回ランチくらい一緒に行っとかなきゃって思ってたのよ。女の人少ないしね。一課は」
 ランチはすぐに運ばれてきたので、ホッと一安心する。
「そうですね……私は、まだまだ作業で精一杯です。城嶋さんに怒られないようにがんばるのみです」
「でも、城嶋さんに引き抜かれたんでしょう? 怒られたりするの?」
「いえ、直接はないですけど。私ができなかったら成瀬さんが困って、成瀬さんが怒られるといけないので……」
「ああ、無言の攻撃ね(笑)。城嶋さんも昔から変わらないのよねえ。ずっとあんな感じ」
「あの、城嶋さんって彼女とかいるんですか? なんかプライベートも謎ですよね」
 ここは女子同士、こういう噂話でいこう。
「いないんじゃないかなあ……。私がここへ来てからはそういう噂すら聞いたことないから。たぶん結婚もしてないと思う」
「そうなんですか」
「もしかして、狙ってるの?」
 冗談だと分かるように、今井は笑った。
「え、いえいえ、そんなまさか!」
「よね(笑)。それでね、ずっと聞こうと思ってたんだけど。香月さんのお兄さんって小説家じゃない? 違う?」
「あ、はい。弟です。香蔵正美です」
「やっぱり! でも弟さんだったのね。私、あの人の小説すごく好きでね、よく読んでるの」
「あ、そうなんですか……」
 ここで、ありがとうございます、という一言は違う気がして黙った。
「あの、それでよかったら、ってわけじゃないんだけどね」
 サインかな、と予測。もしくは、会わせて。
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