絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 眉間に皺が寄るのが分かった。彼が完全なプライベートモードに入って話をしようとしている。
「……」
 そういうつもりがなかったから、嫌だったのに。
「俺、ずっと考えてたんだ。別れてから。
 本社に来てからも、毎日普通に挨拶して、指導して。それで充分だと思えるように努力してた」
「……」
 視線を感じたが、そちらを見る勇気はなかった。
「だけどやっぱり、忘れられないんだ。
 その……浮気のことは、確かにショックだった。だけどその原因は自分にもある。
 あれから考えてた……。俺以上に、愛の方が辛い思いをしていたんだって。それにどうして気づいてやれなかったんだろうって。
 浮気のことはもう過去のことだと思ってる。確かに忘れはしないだろう。だけど、だからこそ、大切にすることも忘れない。
 愛を大切にしていきたい。
 愛が喜ぶことだけをしたい。
 喜ばせたい。
 安心させたいし……愛したいんだ」
 その一言一言が、ゆっくり、堂々としていて、迷いを感じさせない。
 目の上にあるシャンデリアに明かりはついてはいないが、外の窓からの光を十分に得ており、時折、何かの拍子に飾りのクリスタルがイヤリングのように揺れ、考えることを拒否させる。
 だけど、何か言わなければ。
「……そう……」
 とりあえず、相槌。
「誰にもとられないように、結婚がしたい。結婚前提で付き合いたいんだ。
 俺はいつだって、婚姻届を出せる」
 家電試験を受けた理由は、香西に話した通り「結婚できない気がするから、仕事に打ち込みたい」。
 それが今、結婚できるかもしれない。こんなに優しい、地位もある、紳士な男性に結婚したいと懇願されているのに、
 何が……不満?
「まだ……結婚なんて考えられない」
 そう、一番はそれ。
「うん、それは後々の話。それだけ俺に覚悟があるというだけのこと」
 そんなこと……言われても。
「私は……まだ……」
「うん……ゆっくりでいい」
 天井を見つめていると無言になるので目を閉じる。だが、余計無言になりそうなので、天井を見ながらもう一度話しを進めた。
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