境界線
06

「ねぇ、ユリコ。私離婚するの」

飲んでいたカップをつい落としそうになった。ランチタイムに呼び出された私は、何故かショウコさんからそんな話を切り出された。

「…ショウコさん。本気ですか?」
「本気よ。旦那、出張行くって言って若い女の家に行ってたの」

淡々と話すショウコさんの左手薬指には、もう指輪ははまっていなかった。寿退社を祝う飲み会の時は、その左手で私の背中を押してくれた。

「ショウコさんが本気なら、私は止めません。それに旦那さんの責任ですし」

ショウコさんは膨らみ始めたお腹をさすりながら、顔を歪めた。

「ユリコ。男いんの?今」
「いませんよ」

不意に高橋の顔が浮かぶ。でもあんなの一夜だけの関係。それに高橋に恋愛感情なんて微塵も持てない。

ショウコさんは頷きながら私の手を握る。賑やかな喫茶店。店内には明るい曲が流れている。私たちの会話内容にはとてもそぐわないものだった。

「男なんかいらないよ。あんなの信じた私が馬鹿だった」

そうだそうだ。
心の奥で加勢する。

「あのまま働いてたら、こんな惨めな思いする必要なかったのに」

部長だった頃のショウコさんは本当に輝いていた。仕事もバリバリこなし、部下のミスもうまくフォローしてくれていた。

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