境界線
振り向くべきか振り向かず逃げるべきか迷っていると、また夜道に大声が響いた。
「何逃げようとしてんだ!」
…ちょっと待って。
…私に対して言ってるの?
私は恐る恐る振り返った。
だがそこに見えた予想外の風景に、またア然としてしまった。
私の後方五メートルあたりの場所でヤクザのような恐い見た目の男性が会社員の胸倉を掴んでいる。
「…高橋」
つい呟いていた。
半泣きの高橋が胸倉をつかまれたまま、私を見た。名前を呼んだことを酷く後悔した。ヤクザの男まで私を見ている。
「ぶ、部長…」
「あぁ?あいつがてめぇの上司か?」
男がじろじろと私を見る。
「…へぇー。いい女じゃねぇか。おいお前」
「…はい」
恐怖で声が上擦る。
男は高橋を地面に投げ、私の方へ体を揺らしながら歩いてくる。
足も動かない。
それに今私が走って逃げたりなんかしたら高橋が危ない。
今一番危ないのは自分であることも忘れ、私は何故か高橋の心配をしていた。