キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「それから」とリーゼロッテはラグナードの腕をとって、細い腕をからませた。


「召使いなら身分をわきまえた行動をすることね!

いくら兄様がすてきだからって、あなたなんかが本気でお相手をしていただけるとは思わないことだわ」


はにゃ? とキリはエメラルドの瞳をぱちぱちとしばたたいて、リーゼロッテとラグナードを見くらべた。


「リーゼ……!」と今度はラグナードが、少し強い口調になる。


「ませたことを言うな」

「なによ……! 兄様も、いつまでも子供あつかいばっかり」


黄金の瞳がすねたようにラグナードを見上げる。

ラグナードは苦笑して、


「大人のレディなら、部屋にもどってディナーの支度をしなくてはな。

俺はここに少し用がある。話はまた夕食の席でしよう」


「あら、ディナーって?」


リーゼロッテは不思議そうに聞き返した。


「リーゼも陛下に招かれているだろう?

この二人とパイロープを取りもどした詳細を、そこでリーゼたちにも語って聞かせろということらしいな」


さっと、リーゼロッテのかわいい顔がくもった。


「わたくしは聞いてないわよ」

と、リーゼロッテは口をとがらせた。


「リーゼのところにも、陛下から招待状が届いているだろう?」


「そんなもの、届いてないわ!」


ラグナードはどういうことだろうと思った。


姉のディジッタには夕食の招きがあったようだから、

当然、リーゼロッテやユスターシュ、それに母親のアンネモーナも、同様に招待されているだろうと思いこんでいたのだ。


では、

ひょっとすると、ディナーの席に招かれたのはラグナードたち三人とディジッタだけなのだろうか。

どうして、家族の中で国王自身とラグナードのほかにディジッタだけが……?

ラグナードはその不可解さに、なにか嫌な予感がした。


「この二人とパイロープを取りもどした話って──」

リーゼロッテが、険しい表情でラグナードを見上げる。

「まさか、そこの二人も招かれているのではないわよね?」

「この二人もだ」

「どうしてよっ」


リーゼロッテは身をひるがえしてラグナードからはなれて、大広間に響き渡る大声を出した。


「信じられない! わたくしは招かれていないのに、庶民の分際で……!

クラウディア姉様はなにを考えてらっしゃるのよっ」


「リーゼ、陛下と呼べ」


ラグナードが妹に言い聞かせて、「クラウディア?」とキリは小声でラグナードにたずねた。

「陛下の昔の本名だ」とラグナードが口早に説明した。


リーゼロッテは仁王立ちになって三人をにらんだ。


「クラウディア姉様はどうかしてるわよっ!

いつもいつも庶民のことばかり気にかけて……!

庶民が王族と同じテーブルに着くなんて、そんなばかなことガルナティスの歴史が始まってから一度だってないわ!」


この王女様は、ラグナードたちのように──どんなに表面的にせよ──平民を登用する王様の方針に賛同しているわけではないらしい、とキリは思った。


「リーゼ……! 陛下に対して無礼だぞ」

「なによ! 兄様だって、おかしいとは思わないの!」


リーゼロッテは赤い眉をつり上げてわめいて、


「兄様がここにご用があるって言ってるのよ!」と、キリとジークフリートに向かってどなり散らした。


ぽかんとしている二人に、


「召使いならさっさと扉を開けなさい!

気が利かないわね!」


と、イライラした様子で目の前にある扉を示す。


「兄様ご自身の手をわずらわせようって言うの!?」


うわー、とキリはさけびそうになった。


ほとんど八つ当たりのようなセリフだが、

デジャヴのように、キリの中でラグナードと出会った時の記憶が浮上した。


キリはのろのろと、扉に向かって指を動かす。

指の動きに合わせて、ひとりでに扉の取っ手が動き、
ガチャリと重々しい音を立てて美しい両手開きの扉が開いた。


呼吸するかのようなたやすさで魔法を使って開け放たれた扉に、王女様は一瞬目を丸くして、

それからくやしそうにキリを見た。



「ちょっと魔法が使えて気に入られたからって、いい気にならないことね!

もしも魔法を使って兄様を惑わしたりしてごらんなさい! わたくしが絶対に許さないんだから」



捨てゼリフのように言い置いて、

真っ赤な髪の毛をなびかせて、王女様はずかずかと大またで大広間から出て行った。



あっけにとられてその背中を見送って、



エスメラルダの魔法使いを毛嫌いすることといい、

庶民を見下しきった鼻持ちならないすました態度といい、




「ラグナードそっくり……!」




彼女が開けた扉から、当たり前のように礼も言わず隣接する部屋へと入っていく王子様とリーゼロッテをくらべて、

キリは、ぼう然とつぶやいた。



髪の色や瞳の色はやはり似ていなかったが、

今のは、どこからどう見てもラグナードの妹だと思った。




ここに現れた時からずっと、
そのかわいらしい右のほおに見えていた

真っ黒い不吉な印が、

彼女が去っても、キリの瞳に焼きついていた。







これでキリは、失踪しているという兄以外のラグナードの兄弟すべてに会ったわけだが、


女装している宰相閣下に、

魔法にしか興味のない宮廷魔術師、

失踪してしまった王子様に、

勝手に半年も行方をくらませるその弟と、

気性の激しいあの王女様。


唯一、

この上なくまともそうに見えた国王陛下の苦労がしのばれた。



キリには、

こういう問題児ばかりの妹や弟を持ったからこそ、あのお姉さんがあんなに分けへだてのない完璧な王様になったようにも思えた。



そんなことを考えながら、

珍妙な動物を前にしたかのように、目を見開いてラグナードの妹をながめていたジークフリートといっしょに、

ラグナードを追いかけて、大広間から隣の部屋へと足を踏み入れ、


「わあ──」


と、キリは声を上げた。



大広間に並んで作られたその部屋は、

そこもまた、高い吹き抜けの天井の豪奢で大きな広間だった。


「すごーい。いくつ大広間があるの?」


煌々と輝くシャンデリアの光の下を歩きながら、キリは先を歩くラグナードにたずねる。


「ここは、陛下が特別な客をもてなすための大広間だ」

と、ラグナードがふり返らずに答えた。


つまり、こちらのほうがさらに格式の高い広間ということらしい。

美しい彫刻のほどこされた柱や、壁にかかった絵画の数々を見回して、キリは何度目かのため息をこぼした。



ラグナードはその広間の中をまっすぐに進んで、

正面の壁の前で無言で足をとめる。



キリは、とことこそのそばに歩みよって、

黙ったまま彼が見上げているものへと視線を向けた。




一番大きくて立派な一枚の絵が飾られている。


それは、広間の壁を埋めつくすほどの大きさの──古ぼけた肖像画だった。




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