始末屋 妖幻堂
「おんや千さん。久方ぶりじゃないかえ」

 一条堀川の菓子処で、千之助は、どっかと背負っていた行李を置いた。

「どうでぇ、そろそろ紅がなくなってきた頃じゃねぇかい?」

 ぽんぽんと行李を叩く千之助に、娘が身を乗り出す。

「良い紅が入ったんかい? 色里にばっか落としてないで、こっちにも回しておくれよ」

 いそいそと千之助の出した紅を手に取る娘の相手をひとしきりした後、千之助は、ひょいと奥に目をやった。

「相方はいるかい?」

「なぁんだ、牙呪丸(がじゅまる)に用事かい。ははぁ、また何ぞ厄介事にでも巻き込まれたんだろ」

「違いねぇ。ちょいと牙呪丸の力を借りることになる」

 苦笑いで応じていると、奥から青年が足音なく出てきた。

「おぅ、牙呪丸」

 千之助が、軽く手を挙げる。
 それをちらりと見、青年---牙呪丸は滑るように店先に寄ると、あんこの入った落雁を、ぽいと口に入れた。

「相変わらず、甘い物には目がねぇな」

「千の旦那。今回は美味い獲物の話かえ」

 すすす、とまた滑るように、牙呪丸は千之助の前に座る。
 かなりでかい落雁だったのに、もう口の中にはない。

 整った目鼻立ちは、町娘が熱い視線を投げるであろう色男ぶりだ。
 が、恐ろしく表情がない。
 しかもよく見ると、瞳が人にしては細すぎる。
< 15 / 475 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop